採点や成績に納得できない時 2004年12月13日 No.61

<試験の結果や学期末の成績に納得いかない時>
・ 期末考査の最終日です。やるだけのことはやったと一応満足している人、思うように試験勉強ができなくて少し後悔している人など、それぞれだと思います。この後、科目ごとに採点された答案が返却され、終業式には、すべての科目の成績を見ることになります。
・ 採点された答案を受け取ったり、成績票を受け取ったりした時に、納得できないことがあるかもしれません。私自身も、中学1年の1学期にとても納得できない成績票を受け取ったことがあります。中学に入学して初めての成績だったので、中学校とはそういうものかと思ってショックを受けて、担任の先生に何も言えずに家に帰りました。
・ どの教科の成績も納得できなかったのですが、特に美術は10枚のデッサンを制作し、5が9枚4が1枚だったのに69点の成績(100点法)だったのには、どうしても納得いかず、母親が担任の先生に電話をしてくれました。担任はなかなか調べようとしてくださらなかったようですが、母親のねばりに根負けして調べてくれることになりました。美術の成績は99点で、全部の教科で他の生徒の成績が記入されていました。

<極々たまには間違いもあるということ>
・ もう1回の成績に関する間違いは、大学で卒業研究を指導した学生です。卒業を控えた3月の始めに、その学生が単位不足で卒業できないことになったと事務室から連絡がありました。卒業できるかどうかは本人にとってとても重要なことですので、間違いがないかの最終確認をすることになっています。
・ 本人はどうしても納得できないようでしたので、担当の教員に私が問い合わせると、転記ミスで、実際は単位が取れており、卒業できることがわかりました。成績は修正され、ことなきを得ました。
・間違っていた例を2つ書いたので、間違いが多い印象を与えてしまったかもしれませんが、成績関係のことは十分注意して進めますので、ほとんど間違いはありません。大学では教務委員を長くやっていましたので、間違いの可能性や学生が納得できないことに関して何十回と確認しましたが、実際間違っていたのは上記の1回だけでした。

<採点や成績に納得できない時どうしたらよいか>
・ 採点や成績に納得できない時は、できるだけ早く、担当の先生に、納得できないということと、どうして納得できないかを、話すのがいいと思います。「できるだけ早く」というのは結構有効で、早いほうが冷静尋ねることができますし、そうすれば言われた方も冷静に対応しやすいからです
・ 直接担当の先生に言うかどうか迷ったときは、友人や担任の先生や家族に相談してみるのがいいと思います。もちろん、校長に相談してみるのでも結構です。実際に、本校生徒が私に相談してくれて、上記のような話をして担当の先生に直接聞くようアドバイスし、説明を受けて一応納得してくれたことがありました。

「振り込め詐欺」にだまされない! 2004.12.20 No.62

<「振り込め詐欺」の被害者にならないために>
・ うその電話をかけて、お金を銀行口座に振り込ませてだまし取る詐欺、「振り込め詐欺」が横行しています。もともと、孫を装って、遠くに住んでいる老人をだます「おれおれ詐欺」から始まった手口ですが、様々な変形が現れてきました。
・ 附属高校でも、生徒の保護者の方に「振り込め詐欺」の電話がかかってきています。生徒が登校途中で何か失敗して迷惑をかけたので拘束している。お金で解決できるので銀行口座にお金を振り込んでほしいというような電話です。学校へ問い合わせていただいたので、生徒が登校していることがわかり、うその電話だとすぐ明らかになった例があります。
・ また、生徒にも、身に覚えのないことで代金を請求する電話がかかっている例があるようです。とまどって応対しているうちに、無いことを親に知らせるぞというような脅しを受け、何度も電話がかかってくるようになって困っているというような話も聞きました。

<なぜ、ありもしなさそうなことでだまされるのか>
・ 「振り込め詐欺」の特徴は、後で冷静に考えるとばかばかしいような手口で、まんまとお金を振り込ませている例が多いことです。突然の電話でびっくりさせて、早くお金を振り込まないと、もっと大変なことになると急かせるわけです。電話を受けた方は、パニックになって通常の思考や判断ができなくなり、相手の言いなりになってしまうわけです。
・ そんな手口で多くの人たちがだまされていることが不思議かも知れませんが、実際はほとんどの人たちは、そのような電話ではだまされないのです。犯人達は、すごく多くの電話をかけ、たまたまびっくりしてあわてて言いなりになったごく一部の人たちからだけ、お金を振り込ませることに成功しているのです。もとの電話をかけている数があまりに多いので、だまされて振り込む人の数も多くなるということだと思います。
・だまされてしまった人たちは、電話の始めで犯人達の・ ペースに乗せられてしまったのだと思います。そうするとあわててしまって、疑うことを忘れてしまいます。すぐに相談できる人がいなくて、一人で対応してしまうこともだまされる要因だと思います。

<どうしたら「振り込め詐欺」にあわないか>
・ まず、知らない人からの電話でお金を振り込むように言われて、振り込んで問題が解決することは絶対ありえません。そのことをしっかり認識しておきます。そして、知らない人からの電話でお金を振り込めという話が出てきたら、その時点でウソだと決めます。
・ 同じように大切なことは、知らない人からの電話で、相手にだませるかもしれないと思わせないことです。知らない人からの電話で、用件がすぐはっきりしないときは、「忙しい」からでも「よく分からない」からでもいいですから、理由を述べてすぐ切ります。また、かかってきても、同じように切ります。そうすれば、脈がないと思われて、それ以上かからなくなります。

学んだ知識で大津波から逃げた独英人 2005.1.17 No.63

<大災害を生き延びる知識・判断・行動>
・ 昨年暮れの12月26日に、インド洋のスマトラ島沖で大地震があり、大津波が発生して15万人を越える人たちがなくなりました。大津波でのこれほどの人的被害は、過去にもなかったとのことで、世界各国から援助の資金や活動が提供され、被害者の救済が進められています。
・ 災害の中でも、地震や津波は、避けることができないもので、特に地震は、ほとんど予知もできず、突然起こります。一方、津波は、海底での地震の後起きるもので、日本では地震の後いち早く津波警報が出されることがあり、早急な避難が呼びかけられます。
・ 今回の地震、津波が起きたインド洋では、日本のような頻度では津波が起きていないようで、津波警報や避難勧告がまったく出されず、多くの人々が津波の犠牲になりました。その中で、津波と気づいて波が押し寄せる前に逃げて助かった人たちのことが報道されましした。そこでは、津波に関する知識と判断と行動が、うまく活かされた様に思います。

<知識を持っていることと活かすこと>
・ 津波ということに気づいて、波が来る前に周囲の人たちと一緒に逃げて助かったという報道を、私は2例、目にしました。どちらも、津波などまったくといっていいほど起こらないヨーロッパ人が気が付いたということで特に印象的でした。一方、日本人が津波だと気が付いて、まわりの人たちと一緒に逃げて助かったという報道を、私はまだ、聞いていません。
・ 第1の例は、ビデオ映像で、沖の方から壁のような波が押し寄せてくるのを見て、「TSHUNAMI」という欧米語の発音が発せられたものでした。新聞報道によれば、その方はドイツ人で、地震の多いカリフォルニアに滞在したことがあって、津波のことを知っていたとのことです。ただ、知識として知っていたことを、沖の壁のような波を見て、すぐ思い出して逃げたのは、とっさの思考力と判断力があったからだと思います。
・知識を活かす思考力と判断力があったことで、あと30秒のところで間に合って、周囲の人たちと逃げ延びたということです。

<学んだことをすぐに活かす力>
・ もう1例はイギリスの10才の少女です。偶然2週間前に、ビデオを使った授業で地震と津波の関係を学んだところだったそうです。家族とクリスマス休暇でタイの海岸に滞在していたとき、津波に遭遇しました。海岸で遊んでいて、津波の前兆の海の泡立ちや異常な引き潮で習ったばかりの津波だと分かったそうです。
・ 少女の母親は津波というものを知らなかったそうですが、少女が説明してすぐに理解し、周囲の人たちに知らせて避難させ、百人以上が助かったとのことです。
・ この2例から考えさせられることは、知識は必ずしも深く詳しく知っていなくても、それをとっさに活用でき、判断に活かし、行動に移せれば、とても役に立つということです。そういう力をつけたいものです。

修学旅行での他人への配慮 2005.1.24 No.64

<修学旅行での時と場所と状況をふまえた行動>
・ 1月18日から21日まで、165名の2年生と沖縄に修学旅行に行ってきました。羽田空港での集合が朝の7時5分でしたが、全員が遅刻せずに集合して、気持ちよくスタートしました。その後の旅行中の集合時間も、やむを得ない理由があった時以外は、全員がよく守れて、引率者としてはとれもうれしいものでした。
・ 飛行機の中でも、少しはしゃぎながらも節度あるふるまいで、客室乗務員の方から好意的な言葉をかけていただきました。また、到着してほとんどの生徒が降機後、旅行委員の生徒が、忘れ物がないかどうかすべての席を点検していたのには、修学旅行の団体でもあまり例がないようで、とても感心されました。
・ いろいろな施設で見学し、現地の方から話を聞く際にも、とても静かに集中して聞き、また熱心にメモを取る様子は、何人もの方からお褒めの言葉をかけていただきました。2年生の皆さんの、時と場所と状況をふまえた行動に、私も大変感心しました。そのような態度や心構えのおかげで、運も少しはあったでしょうが、4日間を通して一人の怪我や病気もなかったことは、とてもうれしいことでした。

<一緒に行動するメンバーへの配慮>
・ 4日間生徒の皆さんと行動をともにするので、機会があれば私からできるだけ声をかけようとしていたのですが、なかなか話題も見つからずにひとりぽつんとしていた時もけっこうありました。その様なとき、何度も生徒の皆さんから声をかけていただいてうれしく思いました。いかにも、校長がぽつんとしているから声をかけてくれたという感じの時もありました。
・ また、ある夕食をミールクーポンでホテル内のレストランで自由にとる時、たまたま一人で食事をすることになってしまっていた添乗の看護師さんを、あるグループの生徒が強く誘って一緒に食事をするのを見たこともありました。
・飛行機内で、教員席の隣にひとり分かれて座ることになった生徒の近くに寄ってきて話し相手になったり、席を替わったりしていたのにも、一緒に行動する人たちが少しでも楽しくなるようにという配慮が感じられました。私に見えていないところでも、そのような配慮がたくさんあって、それがこの修学旅行を楽しく充実した旅行にしたのではないかと思います。

<さらに高いレベルを目指そう>
・ 今回の修学旅行は、1年間を通した「総合的な学習の時間」と一体となった、様々な課題学習の場でした。そのような学習を中心に据えながら、上記のように集団行動としても質の高いレベルを達成できたことは、生徒の皆さんも自信を持っていいことだと思います。
・ 旅行委員や室長や班長はもちろんのこと、今回の修学旅行に参加したすべての皆さんが、自分たちでよく考え、協力して行動した結果のすばらしい修学旅行でした。これからの学校生活や行事等でもこの経験を活かし、さらに高いレベルを目指してほしいと思います。

学校がおもしろくないときどうするか 2005.1.31 No.65

<学校がおもしろくないと感じたとき>
・ 修学旅行から帰って校長室の前の「校長への手紙箱」を開けると、手紙が入っていました。概要は以下のようなものです。「最近学校がおもしろくない。勉強ばかりというのも原因かも知れない。毎日同じことの繰り返しでつまらない。もっと行事が増えれば学校生活がましになると思うので増やしてほしい。」
・ 2年生は修学旅行中で、3年生は大学受験が始まっていてあまり登校していないので多分1年生の誰かだと思います。できれば直接話せればいいのだけれど、名前が分からないので、校長だよりで考えたことを書くことにしました。
・ 「学校がおもしろくない」という自分の気持ちをしっかり受けとめて、その原因を考えて、「行事が増えれば」と対策を考えて、それを校長への手紙として、校長室前の箱に入れる、という行動をとれたのですから、そのように自分で考えることと行動を続けていけば、「学校がおもしろい」状態になることはそう難しくないような気がします。

<行事が増えれば学校がおもしろくなるのか>
・ 高校は、生徒の皆さんが、将来、生活したり、仕事をしたり、高度な勉強をしたりするための基礎的な力をつける場所だと考えています。そのために、授業を中心として、部活動、行事、委員会・自治会活動、生徒同士や先生との交流等から成り立っています。
・ 行事でも、部活動でも、友人との交流でも、どれでも学校が楽しくなれば、他の活動も一緒に行うことになるので、一つでも楽しく通学する目的ができるのは、いいことだと思います。ですから、手紙を書いてくれた方が「行事が増えれば」というのも一理あります。
・合唱コンクールは今年度3回目で、新しい行事です。新しい行事を増やすまた可能性がないわけではないので、提案してみてください。ただ、すでに附属高校では、先生方も私も行事を大切にしていて、これ以上行事を増やすのはなかなか難しいことは確かです。すでにある行事の運営に参加して、あなたが行事に関わる時間を増やす方が現実的なような気がします。

<授業がおもしろくなるにはどうしたらいいか>
・ 授業以外の活動がおもしろくて学校に通うのもいいとは思うのですが、学校の活動の中心は授業なので、ほんとうは授業がおもしろくなると、もっと学校がおもしろくなります。(私の高校時代は、部活動や委員会活動や行事や友人との交流ばかりおもしろくて、授業をおもしろいと感じたことは理科と社会と芸術と体育以外はほとんどなかったので、こんなことを書いていると昔の友達から笑われそうです。)
・ 授業がおもしろくなるためには、授業を受けることによって、今まで知らなかったことがよく分かるようになること、今までできなかったことが良くできるようになることが重要だと考えています。どうしたらそれができるか、自分でもよく考え、先生にも聞いたり注文をつけたりしてみてください。

自分のための勉強で学校をおもしろく! 2005.2.7 No.66

<学校がおもしろくないと感じたとき:その2>
・ 先週の校長だよりで「学校がおもしろくない」という校長への手紙への返事を書き、1年生の担任の先生に、そのことをお伝えしておきました。クラスでご紹介いただいたようで、「私もその手紙の内容と同じ気持ちでいます。今後どうすればよいでしょうか。」と書かれた手紙が、校長への手紙箱に入っていました。今度も匿名でしたので、ここで返事がわりを書きます。
・ その手紙には、「始めの頃は気持ち次第で学校生活が楽しくなると思ってそうしていたのですが、最近ではそれもできないほど楽しくありません。こんなに勉強だらけの学校だとは思いませんでした。」とも書かれていました。「勉強ばかりで楽しくない」というのは、前の週にいただいた手紙と共通でした。
・ 本校は、勉強ばかりでなく、部活動も、行事も、委員会・自治会活動も大切にしているつもりで、学校説明会でもそういう話をしてきています。ですから、「勉強ばかり」と感じる生徒がいることは、ちょっと意外でした。

<なぜ「勉強ばかり」と感じるのか>
・ なぜ「勉強ばかり」と感じるのか、3つのことを考えてみました。1つは、授業以外の部活動や、委員会活動や、行事の準備・運営に参加していないかもしれないということです。この3つのどれにも参加していないと、学校は授業のためだけに来るようになって、「勉強ばかり」に近づきます。
・ 次に、授業について行きにくくなったり、宿題や予習復習が手に負えなくなったりすると、「勉強ばかり」という感じになるのではないかと思いました。勉強に関して余裕が無くなるので、勉強から心理的な圧迫を受け、「勉強ばかり」と感じてしまうのです。
・3つ目は、実際に本校の学校生活が誰にとっても勉強ばかりになってしまっているという可能性です。これについては、生徒の様子を見たり、生徒と話したり、先生方と話し合ったりしていますが、実際には、「勉強ばかり」の学校にはなっていないと考えています。

<どうすれば「勉強ばかり」でなくなるか>
・ 授業をやさしくするとか、予習復習をしなくてもわかるようにするとか、宿題をあまり出さなくするとかすれば、「勉強ばかり」でなくなるのかもしれません。しかし、それでは、多くの生徒がしっかり学力を付け、進路希望を実現し、社会に貢献し、安定した収入を得て幸せになることに繋がりにくくなります。
・ とは言っても、先生方は、生徒の皆さんが楽しく勉強できれば、勉強の効果が上がりやすいことを知っているので、きびしくばかりしているわけではありません。生徒とのコミュニケーションを重視した授業、高度な内容でもわかりやすい授業を心がけています。
・ 皆さんは、自分のために勉強をしているのですから、どうしても自分に合わない授業があればその部分はちょっと手を抜いて、少しでもやる気の出る授業に集中して取り組んで見るのも効果があるような気がします。

少し体調が悪いとき休むか,頑張るか 2005.2.14 No.67

<体調が悪いとき休むのか頑張るのか>
・ 土曜日から日曜日にかけての夜、2度ほどのどが痛くて目が覚めて、うがいをし、のど飴をなめました。風邪をひいてしまったようです。朝起きて体温を測ると36.8度で、平熱よりは高めですが、それほど熱が出たというわけではありませんでした。
・ 日曜日は一日家事と持ち帰った大学の仕事をするつもりでいたので、風邪でだるい身体でも家事や仕事を頑張るか、休んで寝ているか、迷いました。休んで寝ていた方が、風邪が早く治って結局後の仕事がはかどるような気もしましたし、普通の風邪なら寝ていても起きて活動していても結局治るのには同じぐらい時間がかかるような気もしたからです。
・ 迷った後、起きて風邪薬を飲み、家の中でも暖かく着込んで片づけと掃除をし、食料や日用品の買い物に出かけました。夫婦で仕事をしているので、それらは週1回、まとめてやります。妻は寝ていていいよという雰囲気でしたが、起きて気を張っていた方が治るような気もしました。ところが、午後は疲れてずっと寝てしまって大学の仕事には手が着かず、夕食後なんとかこの校長だよりを書いています。結局半日頑張って、半日休んだのですが、体調はだいぶ回復してきました。

<「病は気から」は本当か?>
・ 皆さんも、体調が悪いときに休むか頑張るか、迷うことも多いと思います。私は、30才台の半ばまで、かなり弱気で体調が悪いときは早めに休むようにしていました。「病は気から」ということは信じていなくて、ウイルスや細菌の感染で起こる病気は、自分の気持ちとは関係ないと思っていました。
・ 冬になるとよく風邪を引いて仕事を休むこともありました。ところが、14年前に都立大学が目黒区八雲から八王子市南大沢に移転した直前の冬は、猛烈に忙しくて、どうしても休めない日が何日もありました。そういう時でも風邪を引きかけたのですが、休めないわけですからとにかく頑張ってしまうと、風邪も比較的軽く治ってしまいました。
・それで、「病は気から」ということを少し信じ始めたのです。その後、免疫学のことを勉強していくと、身体が病気と闘う免疫は、神経系の影響も受けていることが分かってきました。そして、気持ちの持ちようが、病気になりやすさや、病気からの回復に影響を与えることを理解できるようになりました。

<いつでも頑張りさえすればいいのか>
・ ところが数回に一回程度は、風邪の引きかけで気を引き締めて頑張ってしまうと、かえって風邪をこじらせて長引かせてしまうこともあります。ですから、いつでも気を張って頑張ればいいわけではなくて、思い切って休むことも時には必要なのです。
・ 体調が少し悪いときに頑張るか、思い切って休むかは、難しい判断ですが、時によってどちらがいいかは違うということを意識していると、だんだんとうまく判断できるようになってくるような気がします。

あせらずゆっくりと改善させる 2005.2.21 No.68

<あせらず少しずつ良くしていくこと>
・ 先週に引き続き、自分自身の健康に関することです。この校長だよりをずっと読んでくださっている方は覚えているかも知れませんが、半年ちょっと前の5月の末に、クラスマッチ(体育祭)の教職員リレーで転んで膝をひどく痛めました。始めは右膝がほとんどまがらなくて、2-3日は松葉杖を使って歩きました。
・ その後、だんだんと良くなったのですが、膝を曲げると痛いのと、完全には曲がらない状態が続いていました。それで正座もできなかったのが、先週、ようやくまた正座ができるようになりました。正座をするとまだかなり痛いのですが、ここまで来れば後1ヶ月ぐらいすれば、完全に治りそうな気がしてきました。
・ 当初医者には、MRI(磁気共鳴画像撮影)を撮った後、完全には元のように戻らないかもしれないけれど、命に別状があるわけではないので、膝が曲がりにくい状態とうまくつきあっていってくださいというようなことを言われ、完治しないことも覚悟していたのです。

<自分なりのリハビリテーション>
・ 最初の2-3週間は、かなり回復して普通に近く歩けるようになったのですが、その後、膝が曲がりにくい状態が固定されてしまったように感じて、やはり完治はしないかなと思いました。ところが、とてもゆっくりなのですが少しずつは、だんだんと膝がより大きく曲がるような気もしてきました。
・ それで、完治するかもしれないと思い始めて、痛いのを我慢してできるだけ曲がるところまで屈伸運動をしたり、少し痛いぐらいのスピードで歩くように心がけてみました。そのように無理に近く曲げると、痛さが残ったりもしましたが、その後、より大きく曲がるようになったので、続けていました。それでも、快復があまりにゆっくりで完治はしないかと思いつつ、焦らずに少しずつ良くしていこうと考えていました。
・完治するのではないかとも思っていたのは、自分なりにすごくゆっくりでしか良くならないことについての考えがあったからです。膝を構成する小さな骨が少しずれてしまって曲がりにくくなったのですが、その骨が元のように移動することはなくても、骨は溶かされながらまた造られるということを知っていたからです。痛いぐらいのリハビリをしていけば、ずれてしまった骨が変形して、正しい位置にやがて収まるようになるのではないかと考えていました。

<時間がかかることはその時間に気持ちを合わせる>
・ 今回は、うまく曲がらなくなった膝をまた曲がるようにするということでした。完治を半分あきらめつつ、半分期待して、できるだけのリハビリをしてきたのが、ほぼ半年で完治するということに繋がったような気がします。
・ 身体のことでも、気持ちのことでも、勉強のことでも、人間関係のことでも、一度大きく壊れてしまったときは、回復には時間がかかるものです。焦らずゆっくりと、しかも着実に取り組むことが有効でしょう。

すでにあるものを最大限に活用する 2009.2.28 No.69

<すでにあるものを最大限に活用する>
・ 3月8日の卒業式式辞を掲載予定の70号を残して,最後の校長だよりのつもりで書いています.数日前から,何を書こうかと考えてきて,「すでにあるものを最大限に活用する」ことについて書いてみようと思いました.自分自身が高校生のころは,自分にないものを求めて結構苦しんでいたような気がします.その後,いつからか,ないものを求めるのではなく,あるものを活用することに注意をはらうようになって,生きるのが楽になったように感じます.
・ 勉強するとか、成長するとかは今まで自分にないものを身につけていくことですから、あるものを活用するというのは、ずいぶん後ろ向きに感じられるかもしれません。しかし、自分にないものを求めていても必ずしもそれが手に入ったり身に付いたりするものではないことも多いのです。一方、すでにあるものを最大限活用しようと心がけているだけで、新しいものが手に入ったり身に付いたりすることも多いのです。すでにあるものに満足するのではなく、それを「最大限に活用する」というのがポイントのような気がします。

<何を基準に自分の持ち物や能力を考えるか>
・ ないものを求めることを中心に生きていくか、あるものを活用することを中心に生きていくかの分かれ目は、何を基準に自分の持ち物や能力を考えるかによるような気がします。現在の自分自身を基準にすると、自分にないものについ目がいきます。また、他人を基準に考えても若い人は、つい足りないところばかりに目がいきます
・ そうではなくて、何もない自分を基準に考えてみてください。持つ物も、能力も、まったくない自分です。そうすると、現在の自分は、実にたくさんの物を持ち、能力を備えていることに気がつきます。すでに持っているものや能力に比べたら、今新しく付け加えたいと思っている物や能力は、結構小さいということが言えるのではないでしょうか。
・だからといって、新しいことを付け加えることに意味がないわけではありません。すでにあるものを活用することで、新しいことも身につけることができます。

<あるものを活用することで新しいことが身に付く訳>
・ すでにあるものを最大限に活用しようと努力していると、物でも人でも、実際発揮される効果が驚くほど大きくなります。そういう状態が続くと、本当に必要な新しい物が見えてきて、少しの努力で効果的に新しい物を手に入れることになります。また、能力についても、すでにある能力が十二分に自分のものになっていると、少しの努力で新しい能力が身に付いてきます。
・ 人によっては、ないものを得ようと努力することによって、大きな創造性を発揮する人もいます。しかし、多くの人は、あまり新しいものに目がいきすぎると、かえって力を出し切れない傾向を感じます。そのような人には、すでにあるものを最大限に活用するように努力することを勧めたいと思います。

定時制卒業式式辞:仕事と家庭を両方大切に! 2005.3.4 号外

<はじめに>
 今日ここに,13人の皆さんに卒業証書をお渡しすることができたことを,大変うれしく思います.卒業する皆さん自身が,まず一番うれしいのだと思いますが,ご家族の皆さんも,大変お喜びのことと思います.昼間働きながら学校に通った方の職場の皆さんも,喜んでくださっていることと思います.
 本日,ご列席いただいた都立大学総長の茂木先生には,大学のお仕事で大変お忙しい中でも本校の定時制課程にご心配をいただいてまいりました.また,教育委員会を代表してご列席いただいている阿部様には,都立高校全体の新しい支援システムを作り上げている途中の大変ご多忙の中をいらしていただきました.
 本校の先生方や職員も,皆さんが学校にきちんと通い,卒業できるようにと,いろいろ心配し,できることを実行してきてくださいました.
 今日ここに,高等学校の課程を卒業できることには,もちろん生徒の皆さんひとりひとりの努力や我慢や気持ちが一番重要だったわけですが,たくさんの人たちの支えがあったことも確かだと思います.皆さんの卒業の背景には,そのようにとても多くの人たちのサポートがあったことをもう一度考えてみてほしいと思います.

<責任を持って生きていくこと>
 高等学校を卒業した皆さん方は,今まで以上に,自分自身に責任を持って社会の中で生きていくことになります.今後ずっと社会の中で生きていくために,重要なことが2つあると思います.ひとつは,仕事をしていくということと,もうひとつは家族を持って子供を育てていくということです.その2つについて、少しお話しします.

<仕事をしていくことについて>
 皆さん方は,すでに働いた経験がある人がほとんどでしょうから,どうすれば職場で評価されて,自立して生きていくために十分な給料をもらえるかについて,自分なりにわかっている人もいると思います.
 これから私の考えを少し話しますから,ちょっと頭のすみに留めておいて下さい.それは,うまく働くためには,誰かの役に立つということを常に考えるということです.役に立つ度合いが多ければ多いほど,仕事が充実し,すぐではないにしても,やがて十分な給料につながっていくのです.決められた仕事で役に立つのはもちろんですが,職場には,義務ではないけれど,やれば役に立つ仕事があると思います.必ずしもやらなくてもいいことを,自分からどんどんやって役に立てば,道はきっと開けると,私は信じています.
 それから,高校を卒業しても,勉強を続けることも,大切なことです.誰でもができることには,会社は安い給料しか払わないようになってきています.他の人ができないことができると,より多くの給料につながります.高校卒業後,大学や専門学校に進学する人は,そこで勉強して,自分にこそできることの力をしっかり付けてください.学校へ通わなくても,自分で独学で勉強することもできますし,職場で働きながら学べることも多いと思います.自分の力を高めていくという気持ちを忘れないで,高校卒業後も学ぶことを続けていけば,充実した仕事を行うことができ,十分な給料を得ることができると思います.高校を卒業できた皆さんには,それをしていく力が十分にあると思います.

<家庭を持つことについて>
 次に,家庭を持つということについて,少しお話しします.いろいろな生き方があっていいので,一生独身という生き方があっていいのですが,多くの方がそうでは,社会は繋がっていきません.ですから,今日の卒業生も,やがて家庭を持つことになる人が多いと思います.家庭を持てば,多くの人は,子供を育てるということになります.
 私も,自分のこどもをひとり育ててきましたが,できるだけ子供を安心させたいと思って育ててきて,それが大切なことだったように感じています.十分に抱いてあげることによって安心させ,必要な時に食事を与えることで安心させ,しゃべり始めたらできるだけしゃべり相手になることで安心させます.たとえ子供が外でつらいことにあってきても,子供の気持ちや言い分をしっかり受け止めて,安心させます.特に辛そうなときは,あまりしゃべらずに,ただそばに寄り添うことで安心させようとしてみます.
 もし覚えておいていただけるのでしたら,高校の卒業式で子育ての話をする変な校長がいて,子供ができたらできるだけ安心させながら育ててほしいと言っていたことを,覚えておいていただければと思います.

<おわりに>
 卒業していく学校への想いは,ひとりひとりそれぞれでしょうが,一緒に学んだ仲間達,先生方,職員の方々との想い出が,卒業した都立大学附属高校への想い出となっていくのだと思います.これからの長い人生の中で,高校時代の想い出が,支えになることもあるかもしれません.良い思い出も,つらい想い出も合わせて,この高校時代の想い出を大切にしていってほしいと思います.
 本日は,卒業おめでとうございました.

卒業式式辞:高校時代を振り返り,力一杯飛び立って! 2005.3.8 No.70

<はじめに>
 今ここに232名の皆さんに,東京都立大学附属高等学校の卒業証書をお渡ししたこと,大変うれしく思います.おめでとうございます.本校の卒業生であることに誇りを持ち,自信を持って新しい豊かな人生を歩んでいってください.
 ご家族の皆様,お子様方のご卒業を大変お喜びのことと思います.本日ここに,立派に高校卒業を迎えられたことは,何よりもご家族の皆様の育みと教えがあったからです.卒業生の皆さんも,ご家族への感謝の気持ちを忘れないでほしいと思います.
 ご列席の来賓の皆様,様々な形で本校をご支援,ご協力いただき,ありがとうございました.ここに,このように立派な卒業生を新たに送り出すことができることも,皆様方を始め,数え切れないほどたくさんの方々のおかげであると大変感謝しております.

<高校時代を振り返って考える>
 高校時代の3年間というのは,生まれたばかりの3年間の次に,人が大きく変わる時期ではないでしょうか.ご両親や先生方の教えに従うことで生きていた段階から,自分の考えに基づいて,自分の責任で決めて生きていく段階に変わっていく時期です.そして,自分の志望や適性を自ら考え,様々な方向に人生を歩み始めていく時期です.このように大切な高校時代を,この都立大学附属高校で過ごしたことは,皆さんの人生に大きな影響を与えていくでしょう
 今,この卒業式の場で,この3年間を,皆さんひとりひとりがふり返って,心に刻み直してほしいと思います.私も、少し想い出してみます。
 ちょうど1週間前の3月1日,本校の合格者発表がありました.入学手続きの後に,1人の女子生徒が校長室の前でちょっと立ち止まって室内に顔を向けていました。何か用があるのかと思ってドアを開けて,「何か?」と問いかけると,「合格しました.ありがとうございました.頑張りたいと思います.」と,背筋をすっと伸ばして,笑顔で話してくれました.皆さんの3年前も,あんな感じだったのかなと,想像します.一方,発表の掲示板を見たあと,うっすら目に涙を浮かべて帰っていかれた方々もいました.
 私が校長として着任したのは,皆さんが2年生に進級した時でした.この体育館での初めての始業式で,おしゃべりが止まない中でお話ししなければならなくてびっくりしました.その後,私も慣れてきて,静かにしてくれるようお願いしながら話すようになったら,ほとんどの方が静かに聞いてくれるようになりました.そのようなお願いをしなくても,避難訓練のあとのグラウンドで,もし地震があったらどうすればよいかについて話したときは,静かに聞いてくださったのが印象的でした.また,皆さんと一緒に入学した深谷美弥子さんが病気で悲しいことになってしまった後の終業式で,そのことについて話したときには,私の声が響く他は,この体育館に誰一人いないような静寂な時を共有することができました.
 そのような経験の中で私が学んだことは,始業式や終業式などで私の話を静かに聞いていただけないのは,皆さんの問題というようよりは,私の問題だということでした.皆さんは,自分にとって必要なことだと理解すれば,静かにしなさいなどと言われなくても静かに聞くのです.自分の心を動かされる言葉であれば,全身で聞き入ってくださるのです.そうだということが分かっても,私にはいつでもそういう話ができるわけではありませんが,これからも努力を続けていきたいと考えています.
 スポーツ競技のクラスマッチでは,応援合戦の練習のために,いつもは朝ぎりぎりにしか登校しない人たちも早く登校して,みんなで熱心にあわせる練習をしていたのが印象的でした.本番の応援合戦では,グラウンドいっぱいを使ったダンスを主体にした演技で,その内容の多彩さと,はつらつさに,今時の高校生のエネルギーと表現する力を感じました.
 秋の記念祭では,クラスやグループで,劇や演奏,イベント的な企画,模擬店等,工夫を凝らして準備を進めていました.準備がなかなかうまく進まなくて委員や世話役の人たちが,苦労しているように見受けましたが,当日はお客様に見ていただき喜んでいただけるところまで,こぎ着けていました.そこでの苦労が,いろいろな困難を解決する力として,身に付いたことと思います.
 沖縄への修学旅行は,一緒に参加した私にとっても大変楽しいものでした.皆さんのわくわくした高揚感が,旅行中,ずーっと周囲に漂い続けていました.東京辺りとは異なる自然,文化,そこに住む人々の中で,友人達と共に行動し,語り合い,体験することが,皆さんの成長にとって,とても意味のあることだということを実感できました.ホテルの前の,珊瑚が砕けてできた白い砂浜で,それまで話す機会がなかった生徒の皆さんとも話すことができました.沖縄戦の記念館で,熱心にメモをとる皆さんの姿も,目に焼き付いています.
 皆さんの普段の授業も,何回も見せていただきました.大学で新入生に授業をしてきた経験で,最近の学生は一方的に知識を授けてもらうことが教室での勉強だと勘違いしている人が多いのですが,本校での授業の多くは,先生からの一方的な授業ではなく,先生と生徒が言葉を交わしながら,教室の場で考え理解する形で進められていることを,大変うれしく思いました.そのような授業によって初めて,単に受験に対応するのではなく,応用力や発展性のある学力が付くのであり,学び続ける力がついていくのです.
 都立大学の一日体験学習のことも想い出します.2年生の時の秋の一日,八王子の都立大学まで行って,大学生向けに実際に行われているいろいろな授業に参加するという,他校ではほとんど聞いたことのない本校特色の行事です.そこで,最初に全体で集まって,校長の挨拶というのがありました.私は,その日の校長挨拶はできるだけ短い方がいいと思って話したのですが,話が終わると皆さん方からどっとどよめきが起こりました.その時は,どよめきの意味がわからなかったのですが,後で担当の先生にお聞きすると,校長の挨拶もまとめて記録するという課題が出ていて,まとめることもできないほど短かったので、どよめいたのだとわかりました.皆さんが授業を受けた後,大学の先生から,皆さんが熱心に聞いてくれて大学生の受講生にも刺激になったとおっしゃっていただいたことは,うれしいものでした.
 私が校長室にいた2年の間に,皆さんの中から何人もの人が,お話しを聞かせてくれたり,要望があったりして来てくれました.要望の中には,一緒に工夫して解決できたものもありましたが,要望を聞くだけで実際にはほとんど改善ができなかったことも多かったことを,どうぞ許してください.
 長々と皆さんとの想い出をお話ししてきましたが,個々の話を聞いてほしかったわけではなくて,私の話を聞きながら,皆さんのひとりひとりが,本校でのいろいろな生活や出来事を振り返り,もう一度頭のなかでたどってほしかったのです.本校での生活がすごく充実していた人,だいたい満足だった人,思ったようにはできなかった人,つらい思いもかなりした人,それぞれだったと思います.それが,どんなものであったにせよ,附属高校での経験を,皆さんがこれからの生活に活かしていってくれることと信じています.

<附属高校の変化と継承>
 本校は,1929年,昭和4年に,7年制の府立高等学校として創立されました.1932年には,この八雲が丘の地に校舎を築き,それから幾多の卒業生を送り出してきました.今でも校舎のA棟とB棟の間に高くそびえているケヤキの木はその時すでにその場所に大きくそびえていました.その後も,たくさんの木々が植えられて,今ではこんもりと茂っています.
 戦後になって,府立高等学校は,都立大学と附属高校に分かれ,本校は3年制の新制高校として今日までの歴史を刻んで来ました.今また,都立大学も附属高校も大きく変革の時を迎えました.都立大学は,この4月から東京都から独立した公立大学法人の,首都大学東京として新たな歩みを始めます.本校は,一年後の平成18年度から,6年制の中等教育学校として12才の生徒を受け入れ始め,新たなステップにはいっていくことになります.
 皆さんには,入学以来,この都立大学附属高校が今後どうなっていくかについて,心配をおかけし,申し訳なく思っています.皆さんをはじめとする在校生や保護者の皆様,同窓生,教職員,地域の方々,都立大学関係者,東京都教育委員会が,それぞれ,本校をどのようにしていきたいかの考えや希望を持っていました.当初,それぞれの考えや希望は大きく異なる点も多かったのですが,お互いにコミュニケーションを十分に行い,相互の考えを理解しようと努め,考えを変えるところは変え,譲るべきところは譲り,とにかく,この地にできる中等教育学校をできるだけ良い学校にするという一点で,限られた時間の中で協力しあってくることができました.それができたことは,本校にとって大変幸せなことだったと思います.
 府立高等学校から都立大学附属高校に引き継がれてきた学校としての継続性は,新しい中等教育学校に引き継がれることになりました.昨年4月からは,本校内に中等教育学校の開設準備室が設置され,石坂校長先生を中心に,附属高校の教職員や生徒の皆さんも協力して,中等教育学校の準備が進められています.
 先ほど述べましたように,大学が公立大学法人になるため,法制度的な意味では大学の附属学校としての歴史は,本年度末をもって終わることになりました.大学から兼務の校長も私で最後ということになります.府立高等学校の半分を,大学の附属高校として本校に繋げ,育て,守って来てくださった,たくさんの皆様のご努力に,この場をおかりして,あらためて心から感謝と敬意を表したいと思います.
 なお,都立大学附属高校という名称の学校は,中等教育学校の全学年が完成する前の平成22年度まで存続する計画となっています.また,これまで育ててきた都立大学との高大連携事業は,今後も継続する方向で,すでに大学管理本部とも連絡・調整を進めています.

<おわりに>
 卒業生の皆さんには,自分が学んだ名称の高校がやがてなくなることで,さみしい思いをさせることとなり,申し訳なく思いますが,皆さんが学んだ学校は,中等教育学校に継承されていきます.入学した時の懐かしい校舎の3分の2は,ほとんどそのままの形で残りますし,体育館,グラウンド,そしてたくさんの木々が,想い出のまま残っていきます.
 この壇上にある府立高等学校から引き継いだ校旗,校章,校歌は,そのまま中等教育学校に継承されていきます.70年前に、生徒によって作詞され、教師によって作曲された校歌が、歌い継がれていくのです。
  ああ西山の雲はれて
  正気天地に充つる時
  希望に燃ゆる若人は
  この学舎をしたひ来て
  八雲が丘に集ひけり
 今、皆さんは、この都立大学附属高校を卒業していきます。皆さんの前には、可能性と困難に満ちあふれた世界が待っています。この3年間の生活で身につけた力強さとやさしさを大切にして、どうぞ、力いっぱい飛び立っていって下さい。私も、そうしますから。 
 どうもありがとうございました。

校長室黒板
校長室黒板