中房温泉へのご訪問をこころからおすすめします

 私は,温泉水中の微生物の研究で20年以上,100回以上通ううちに,中房温泉の魅力にとりつかれ,通うごとにリラックスして生気が増してくるのを感じます.ゆったりと温泉を楽しみたい方や,森の中にいるのを楽しみたい方や,江戸時代からの山の温泉の歴史を感じたい方には,すばらしい場所です.ぜひ一度中房温泉を訪れ,その後も何回も通っていただけるよう,情報とご案内を書きました.

温泉そのものの魅力とおすすめ

 1件の宿が持っている源泉数と湧出量では,中房温泉は日本一です.17の室内・露天のお風呂に,様々な源泉から絶えず掛け流しされています.男女別や複数の浴槽をもつお風呂を数えると,浴槽の数は27個になります.それでも余る温泉水が野外を流れていて,微生物の研究場所に使わせていただいています.

 女性専用時間のある混浴風呂が3カ所,貸切風呂が3カ所の5つ,男女別の風呂が4カ所(その内の1カ所は露天と室内があり別の1カ所は露天で男女それぞれ大きな浴槽が2つずつ(日帰り湯兼)),混浴の露天風呂が3カ所,一人用の屋外小屋風呂1カ所,温泉プール1カ所,足湯1カ所,地熱浴場で,合計で17カ所のお風呂に27の浴槽(地熱浴場とプールも含めて)があることになります.オフシーズンの平日なら,宿泊客より浴槽の数が多いです.オンシーズンの週末でも,全員が同時に入っても1浴槽平均で4人ぐらいまでで,実際は全員が同時に入ることはありません.いかにゆったりと,いろいろなお風呂を楽しめるか,これだけでもわかっていただけると思います.

 17の風呂の内,根羽の湯と家族風呂は,宿のホームページにも紹介されていません.15以上はどっちみち十分多いので,アピール点にもならないと思われているのかも知れません.宿泊した時にいただけるお風呂マップには,もちろん全部が書かれています.

 17のお風呂を,私の独断のコメントとともに簡単に紹介します.私のイメージのそれぞれのお風呂から感じる時代(江戸・明治・大正・昭和・平成)を付記します.

 奥まった場所のお風呂から順に紹介します.私のお気に入りの1番から6番も書きます.

白滝の湯(明治)(1番):対岸の斜面の森がとても美しい,数メートル上の岩の途中からこんこんと流れ落ちてくる源泉直結の露天風呂です.私の一番のお気に入りです.

御座の湯(明治):一番の伝統を感じられる室内風呂です.もしかしたら,江戸のイメージも引き継いでいるのかも知れません.名前は江戸時代の松本藩主からきているようです.

不老泉(平成)(2番):伝統を重視しながら,現代的な好みにも合わせて作られた木肌と岩が美しいお風呂です.外気が常に入る大きな開口部があって,プチ森林浴も楽しめます.第二のお気に入りです.(女性専用時間あり)

大湯(昭和)(6番):男女別で小さな露天と,階下に室内風呂があります.露天は,星空や明け方が美しいです.湯原の湯ができるまでは,下山してきた登山者が利用していたので脱衣所にロッカーが残っています.第六のお気に入りです.

大浴場(大正):室内で一番大きなお風呂です.脱衣所は男女別で,中は一緒です.こどもの頃にNHKの人形劇のチロリン村とくるみの木で,同じような男女別の脱衣所のあるお風呂がよく出てきました.混浴が普通だった頃の,一つの形かと思います.(女性専用時間あり)

岩風呂(大正)(5番):室内に直結した露天風呂で,岩組み,青空と雲,山の斜面,星空が,美しいです.脱衣所は小さくて男女共用で,昔の混浴露天はこんなだったかと想像します.私の第五のお気に入りです.(女性専用時間あり)

家族風呂(昭和):2つあって中からカギを掛けて自由に貸切利用できます.50年前の家庭の風呂を大きくしたような感じで,私には昭和のにおいです.たいてい空いています.

滝の湯(昭和):貸切の露天風呂で,左右2つあり,小さいですが二−三人で利用するには,おちついて利用できてよいです.横に水ためがあるので,こどもが小さいときはぬるくして使っていました.高いところからお湯が落ちてきますが,細いので打たせ湯ではありません.

綿の湯(平成):足湯のため男女でおしゃべりしながら楽しめるお風呂で,学生達との研究調査の時には終わった後に,近くの熱湯槽で作ったゆで卵を食べながら,よくこのお風呂を楽しみました.15年ぐらい前に足湯に改修される前の「綿の湯」は,屋外通路の真ん中に開放的な浴槽があるだけで,全風呂制覇を目指す人しか入らないようなお風呂で江戸のイメージでした.

蒸し風呂(江戸)(4番):床の木のスノコの下で,温泉がボコボコ湧き出す音に驚きます.そこから出てくる湯気が,ほどよく流れていく蒸し風呂です.湯気が閉めきった室内に溜まっているイメージとは違います.透明のパネルの屋根を通して,湯気の向こうに空が見えます.第四のお気に入りです.

月見の湯(平成):比較的新しい露天で,空や山の斜面の眺めのよいところにできています.宿から離れた3つの混浴露天風呂の中では宿に近いです.年老いた両親と家族で行ったときに一緒に入れて,よい思い出です.

ねっこ風呂(平成):大きなケヤキの切り株をくり抜いてあるお風呂で,一人用ですが仲がよければ二人でも入れます.すだれを通して外が見えます.珍しい経験になります.

温泉プール(昭和初期)(3番):昭和初期時代からのプールで,国の登録有形文化財です.そのころからのプールで全国で残っているものは,他にないみたいです.ネット検索すると,プールの文化財登録は他に1件です.私たちが研究に使っている好熱性光合成細菌のクロロフレクサスが,もやもや漂っていることが多いです.温度は泳ぐには熱めです.6月から10月までは,行く度に泳いでいます.私の第三のお気に入りです.

地熱浴場(江戸):地熱と蒸気の上にスノコとゴザを敷いて横になると,とても気持ちよくて,のんびり空を眺められます.場所によって温度や湿り方が違うので,試しながら場所を選びます.明け方,夕方,夜がおすすめです.

根羽の湯(平成):一番新しいお風呂で,特別な杉を使っているようです.貸切です.泉質が濃い感じで,ブログにここの泉質が中房で一番好きと書いている方がおられました.

湯原の湯(平成):燕岳登山口のすぐ横にある日帰りで利用できるお風呂です.宿泊客は宿泊時間内は料金なしで利用できます.男女別で,それぞれ大きな浴槽が2つあって,泉質が違います.岩や植え込みもきれいで,大きいのでのんびりと入れます.1日ごとに男女が入れ替わるので,両方楽しむこともできます.

菩薩の湯(明治):湯原の湯よりまだ少し遠いところから林のなかに入っていって,なぜこんなところにと感じる露天風呂です.近くに源泉があり,ずいぶん古くからここに浴槽を作って入っていたのだと思います.白滝の湯と同じく,温泉浴と森林浴を同時に楽しめます.

中房温泉で豊かな森にかこまれてリラックス

 中房温泉は燕岳の東側山麓にあって,中房川と合戦川の合流点の上流側に少し開けた場所に位置します.すこし離れると,険しい山の斜面になっています.宿の周囲は自然林で囲まれていて,特に斜面の急なところは原生林です.

 原生林と言っても,カラマツやダケカンバが多い中に,様々な種類の落葉樹や常緑樹,広葉樹や針葉樹が混ざった明るい森です.カラマツとダケカンバ以外には,ミズナラ,ヤマモミジ,イタヤカエデ,ハウチワカエデ,オオヤマザクラ,モミ.シラビソ.クロベ,キタゴヨウ,トウヒ,コメツガ,スギ,ヒノキなどが生えているみたいです.林野庁の北アルプスの保護林の資料や,大学時代の植物分類学野外実習を思い出して書きました.今後,ちゃんと調べます.

 周りの森は,季節によって表情が大きく変わります.5月の新緑は,日に日に新緑の濃さと色合いが変わっていって,美しいです.6月になると緑が濃くなって表情の変化は減りますが,常緑樹の濃い緑がところどころに入っているのが,美しいです.

 10月から11月は,様々な紅葉が次々と見られます.最初は,日当たりが良く,かつ放射冷却のされやすい場所のカエデのこずえが赤くなります.まだ周り一面は緑のうちに,ところどころ鮮やかな赤です.白滝の湯のすぐ前には,そのようなカエデが何本かあります.

 やがて,あちこちのカエデやミズナラ,その他の広葉樹も色づいてきます.木に巻き付いたツタの紅葉も美しいです.カラマツが色づくのは,最後のころです.本数も多いのでだんだんと山がきれいな黄色,オレンジ,枯草色になります.

 葉がだいたい落ちると,ダケカンバの幹の白さが目立つようになって,それも美しいです.その頃になると,冬期の道路封鎖で中房温泉も冬期休業に入ります.冬期も宿守の方がいるので,片道4−5時間雪道を歩けば,泊めていただけます.霧氷のついた木々や,雪の積もった木々は,また格別に美しいです.

 中房のいろいろな表情の森の話を書きましたが,どれか一つだけでもとてもいいです.温泉につかりながら,または窓や庭から,ゆっくりと息をしながら周りの森を見ていると,心が洗われて幸せな気持ちになっていきます.空や雲との対比もきれいで,光や色が微妙に変化していきます.ぜひ,中房の豊かな森にひたってみて下さい.

中房温泉で感じる歴史

太古からの生命の歴史

 まずは専門で研究している生命の歴史から.約38億年前に地球上に最初に表れた生物は,100℃前後の高温の海の中であったという説が有力になっています.地球自体から発する熱が多かったこと,頻繁に衝突した巨大隕石による熱がまだ残っていたこと,大気中の二酸化炭素が大量で温室効果が大きかったことなどが原因です.太陽からやってくる熱自体は,現在より少なかったと考えられているみたいです.

 中房温泉には,あちこちから高温の温泉が自然に流れ出ています.流れるうちに95℃付近から常温近くまで,連続的に温度が下がっていきます.このように,95℃から常温の温泉水が近い範囲に流れている場所は,世界でもそれほど多くはありません.このうち95℃から50℃の温度が,40億年前から20億年前までの地球の歴史を再現していると考えています.

 95℃から70℃が33億年ぐらい前まで,60℃までがその後の27億年ぐらい前まで,そして50℃までがその後の22億年前ぐらいまでです.

 温度の他に,中房温泉の泉質には生命の歴史の研究に必要な材料が揃っています.生物が生きていくためには様々な材料が必要ですが,特に多量に必要なのが炭素と電子です.私たちが毎日の食事で食べているご飯やパンは,この炭素と電子を一度に得ることができます.植物は,炭素を二酸化炭素,電子を水から得て,エネルギーが足りないので太陽光を利用しています.中房温泉の水中にも,二酸化炭素が含まれています.電子は,硫化水素に含まれています.それで,太陽光が無くても微生物が成育し,あればもっとよく成育します.

 95℃から70℃の温度には38億年ぐらい前からの化学合成細菌,70℃から60℃までが33億年前からの硫化水素を使う光合成細菌,60℃以下が27億年前からの水を電子の供給に使うシアノバクテリアです.これらの,各温度の細菌や細菌の集まり(群集)を詳しく調べることで,地球史の前半の時期の生命の歴史がわかってきます.これらについてのわかりやすい解説は,中房温泉のホームページからのリンクに書かせていただきました.

北アルプスの山々と温泉誕生への歴史

 ここはまだ勉強途中なので,今理解していることを書きます.

 2000万年ぐらい前までユーラシア大陸にくっついていた日本列島が,日本海の誕生で大陸からだんだんと離れ,1500万年ごろまでには現在の「逆”く”の字」に近い形になっていたようです.しかし,その後の300万年前ぐらいまでは,北アルプスや中房温泉のあたりは特に高い山岳地帯ではなく,丘陵のような地形で火山も温泉も花崗岩もなかったようです.

 300万年前に,フィルピン海プレートの進む方向が北向きから北東向きに変わったことで,日本列島全体に東西の圧力が大きく加わるようになり,中央構造線やフォッサマグナが形成され,フォッサマグマの西側では東西の圧力に由来するエネルギーで隆起が起こったり火山活動が盛んになったようです.北アルプスや南アルプスの誕生です.特に中房温泉も含まれる地域の,穂高/槍/燕を含む山塊では盛んな火山活動があり,巨大カルデラができたり地下深くに花崗岩が形成されたようです.このころからの活動の熱源が,中房温泉の熱水の元をつくり,厚い花崗岩がその泉質を決める一因になっていると,私は理解しています.

 高い山ができて地上の浸食が激しくなると,山の部分が軽くなるので地下の岩塊がゆっくりと浮き上がってきます.それが今の燕岳や中房温泉の周辺の花崗岩になっているようです.中房温泉付近の花崗岩は地下深くで冷えて固まったため,結晶が大きくて崩れやすくて,崩れた後に大きな砂の粒になるようです.

 山の温泉は,中房温泉のホームページに大塚勉先生がお書きになっているように,大きな岩塊の裂け目である断層に沿って地表に上がってくることが多いようです.その様な断層があると,地表を流れる水によっても浸食されやすく,そこが川になります.川が合流するところは,特に二つの断層が重なることもあって,温泉が出やすいようです.それで中房に多量の温泉が自然に湧き出しているのではないかと,素人なりに考えています.燕岳の西側にも,湯俣温泉という温泉がありますが,そこも川が合流する地形の付近です.

温泉の利用と宿の歴史

 これについては,中房温泉のホームページをご覧下さい.百瀬社長からお聞きしたことやネットで調べたことも含め,私なりにも少しまとめてみます.

 安曇野の地に多くの人が住むようになったのは6世紀からで,博多のあたりからきた大きな一族が,この地を開拓し,彼らが安曇氏を名乗っていたようです.その頃から,きっと狩などで人が山に入ることもあったと考えると,中房温泉を見つけて暖まっていたかも知れないと想像します.

 今の中房温泉の始まりは,宿のホームページによれば,「近年の温泉の利用は、1821年(文政4年)に百瀬茂八郎が松本藩の命により、生糸を晒す時に艶を出すのに必要な「明礬」を採取する為にこの地に入り、明礬の採掘と湯小屋を始めました。」とのことです.このころのアクセスルートは,今の川沿いの道ではなく,信濃坂を上りかけるあたりへ,南方向から尾根の峠を越えてアクセスしていたようです.

 明治時代になって温泉の権利を取り上げられそうになったのを,なんとか頑張って阻止したというのを,どこかで読んだか、お聞きしました.その後の明治・大正の登山基地や山岳リゾートとしての開発については,宿のホームページに梅干野成央先生がお書きになっています.プールの他にかつてテニスコートがあったことは,当時の写真の復刻はがきを買い求めた時に知りました.

 庭に胸像が建てられているおばあさまのひとりが,東京府立第六高等女学校(今の都立三田高校)に留学していたとのことで,多分その関係で胸像のある庭の向こうにある平屋の古い建物が,当時の府立第六高女林間寮であったようです.その入口に今でもはっきりと読める注意書き「シタバキノ ママデ オアガリニ ナラヌ コト」は、その頃のものであると想像しています.2002年に初めて中房温泉に泊まって東京に帰った後に山好きだった父に話したら,昭和10年頃の父が20歳ぐらいの時に,槍ヶ岳から表銀座を通って中房温泉に降りて宿泊したとき,府立第六高女の女学生がたくさんいたと話していました.その年の秋に両親を連れて家族と中房温泉を訪れたら,懐かしがってことのほか喜んでくれました.

中房温泉をおすすめする人と,おすすめしない人

 以上ご紹介したように,中房温泉はとてもゆったりと温泉,森,歴史を楽しめる場所ですが,山奥の古くからの一軒宿なので,すべての人が楽しめる場所ではないかもしれません.独断ですが,中房温泉をおすすめする人と,おすすめしない人を書いてみます.

おすすめする人

  • 源泉掛け流しの多くのお風呂を楽しみたい人
  • 少しずつの泉質の違いを楽しみたい人
  • 自然の森の中で温泉を楽しみたい人
  • 歴史を感じながら温泉を楽しみたい人
  • 静かな雰囲気で温泉を楽しみたい人
  • 周りの豊かな原生林をみて楽しみたい人
  • 江戸末期,明治,大正,昭和,平成の建物や施設を楽しみたい人
  • 自然の中でゆっくりとのんびりしたい人
  • 一部古い施設や素朴な接客でも問題ない人
  • 山の谷間で湿気が高いことや野外に昆虫がいることに問題ない人

おすすめしない人

  • 温泉が嫌いな人
  • いろいろな大きく違う泉質を楽しみたい人
  • 温泉と森と歴史と山とのんびり以外を期待する人
  • すべて新しくてきれいな施設を期待する人
  • 至れり尽くせりの接客を期待する人
  • 割烹旅館のような食事を期待する人
  • 昆虫や湿気がとても苦手な人
  • 地上波のテレビで見たい番組がある人
  • ゲームやカラオケを楽しみたい人
  • 車で来る場合,途中の山道で1-2回はバックしてすれ違うかもしれないのがいやな人

 おすすめする中の2つか3つに当てはまる方は,きっと中房温泉が好きになって,また行きたいと思っていただけるのではないかと思います.おすすめしない中にもし当てはまることがいくつかあっても,ご家族やご友人と一緒なら大丈夫だと思います.
 もし,たまたま私と現地でご一緒することがあれば,プロフィールに中房で写していただいた顔写真を貼っておきましたので,ぜひお声かけ下さい.
 なお,ロッジは一部の設備に古い部分もありますが,山小屋や古くからの湯治場だと思ってご宿泊いただければ,納得いただけると思います.不安な方は,普通の旅館タイプの招仙閣をお勧めします.
 ただし,2021年の春と夏にロッジの梅1から梅4の4室が改装され,トイレ・洗面台付きの部屋になりました.部屋の内装も質素ですがとてもきれいに大工さんが仕上げて下さいました.食事が簡単でいいかたには,ロッジのトイレ付きの部屋がお薦めです.中房川の流れや森の木々の眺めもとてもいいです.