発話による唾液の微小飛沫感染の防止策の必要性

接触感染対策と直接飛沫感染対策は,社会的に広く認識されてきましたが,微小飛沫感染対策(マイクロ飛沫感染対策またはエアロゾル感染対策ともいう)は,まだ浸透していません.微小飛沫感染対策が社会に広まることが,コロナ感染の第二波を低くするカギの一つだと思います.

新型コロナウイルスについて発表された3つの研究から,次のことが明らかになっています.

  • 唾液中のウイルス量は,鼻咽頭より5倍多かった.【下記の論文1】
  • 普通に会話することで,唾液の細かい飛沫が多く飛ぶ.話した時に飛ぶ飛沫の数は,咳をした時に匹敵する.【下記の論文2】
  • ウイルスを含む唾液の細かい飛沫は,閉鎖された空間で10分以上漂う.【下記の論文3】

これらの研究成果を組み合わせて考えると,ウイルスと共存する「新生活様式」のなかで,感染拡大防止に効果的だと考えられる方策が見えてきます.三密の何がいけないかの重要なカギの一つが,そこにあると思います.

ウイルスと共存する「新生活様式」での感染拡大防止には,以下の2つの方策が効果的だと考えられます.

  • 室内で話す時は,必ずマスクをする.「咳エチケット」と同じことを,話す時にも「発話エチケット」として行う.
  • 室内の換気は,常に行う.

この方策が有効だと考える理由等を,論文の概要を含めて,下記に説明します.

 マスクをすることが重要なことは広く周知されていますが,なぜそれが重要かは,まだ十分にはわかっていないと思います.今回の3つの論文で,話をすることでウイルスが含まれる唾液が口から多く放出され,10分以上長く空気中に浮遊することが明らかになったことで,話す時にマスクを外さないことが特に重要だとわかります.なお,運動などをして口で激しく息をする時も,話す時と同じように飛沫が飛ぶと考えられています.

 換気については,1時間に5分間から10分間すればよいという考え方が多く報道されているように思います.汚染物質として,二酸化炭素・一酸化炭素・ホルムアルデヒドのように室内に少しずつ放出されてだんだんと貯まっていくものについては,そのような換気の方法でいいはずです.しかし,今回のウイルスの感染予防対策としては,違います.論文3にあるように,話すことで放出されるウイルスを含む飛沫は話した直後が一番多く,その後はだんだん減って10分以上室内に浮遊します.これに対する換気としては,1時間に5分から10分ではあまり役に立たず,常に換気を続けることが必要です.

【論文1 唾液中のウイルス:山中伸弥先生の情報発信のページから】

https://www.covid19-yamanaka.com/cont4/14.html

Wyllie et al., Saliva is more sensitive for SARS-CoV-2 detection in COVID-19 patients than nasopharyngeal swabs.
(内容)
アメリカYale大学からの報告。新型コロナウイルスのPCR検査の検体として、通常行われている鼻咽頭(鼻の奥をゴシゴシして採取)と唾液を比較した。44名の感染者、合計121検体について解析した。陽性サンプル(唾液39検体、鼻咽頭43検体)で比較すると、唾液の方がウイルス量が約5倍多かった。29名では自己採取した唾液と、医療従事者が採取した鼻咽頭サンプルの同時比較が可能であった(38検体)が、やはり唾液検体の方がウイルス量が多かった。また唾液が陽性で鼻咽頭サンプルが陰性であったのは8例、唾液が陰性で鼻咽頭サンプルが陽性であったの3例であった。以上の結果から、唾液はPCR検査の検体として信頼できると考えられた。

【論文2 話すことで飛び出る唾液微小飛沫:抄訳・意訳(松浦克美)】

(研究雑誌名)The New England Journal of Medicine: published on April 15, 2020, at NEJM.org

(論文題名)Visualizing Speech-Generated Oral Fluid Droplets with Laser Light Scattering

(著者と所属)Philip Anfinrud, Ph.D. Valentyn Stadnytskyi, Ph.D. National Institutes of Health Bethesda, MD Christina E. Bax, B.A. Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania Philadelphia, PA Adriaan Bax, Ph.D. National Institutes of Health Bethesda, MD

(論文題名訳)話すことで口から出る飛沫をレーザー光の走査線で可視化する

話すことで口から出る飛沫やエアロゾル(空気中の浮遊物)は,ウイルスの人から人への感染に関与している.話すことにより様々な大きさの飛沫が口から出ていく.これらの飛沫にはウイルスが入っていることがある.大きな飛沫は短い時間で床に落ちるが,小さな飛沫は乾燥して長い時間空中に漂い,それによりウイルスが空間に広がっていく.この研究では,話すことで口から放出された飛沫をレーザー光で観測した.

箱(53x46x62cm)の中を清浄な空気で満たし,開いている一面から人が話した.532nmの緑色のレーザー光で口から50〜75mmの平面をスキャン(走査)し,レーザー光で光った飛沫をビデオで撮影した.口に布を当てている時の撮影も行った.

その装置で ”stay healthy” と話すと,20から500マイクロメーター(=0.02から0.5mm)の多数の飛沫が生じた.飛沫は”healthy” の “th” を発音したときに一番多かった.観測した飛沫の数は,1回の”stay healthy” で,227個から347個であった.少し湿ったタオルを口に当てて話すと,飛沫の数はほぼ0になった.声を大きくすると,飛沫の数は増えた.話すことによる飛沫は,咳をするときの飛沫より小さいことが別の論文で報告されているので,話す時の飛沫の方が空気中に残存しやすいと考えられる.さらに,話すことによる飛沫の数は,咳をするときの飛沫の数と同程度であると報告されているので,残存までを考えると,咳をするより話をする方が閉鎖空間で感染をおこすリスクが大きいと考えられる.

【論文3 唾液の微小飛沫が空中を漂う:抄訳・意訳(松浦克美)】

(研究雑誌名)Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

         Published on May 14, 2020

(論文題名)The airborne lifetime of small speech droplets and their potential importance in SARS-CoV-2 transmission

(著者と所属)Valentyn Stadnytskyi (a), Christina E. Bax (b), Adriaan Bax (a),, and Philip Anfinrud (a),  (a) Laboratory of Chemical Physics, National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases, National Institutes of Health, Bethesda, MD 20892-0520; and (b) Perelman School of Medicine, University of Pennsylvania, Philadelphia, PA 19104

(論文題名訳)

話すことで口から出てくる小さな飛沫の空中での寿命と,新型コロナウイルス感染における小さな飛沫の重要性

(要約)

レーザー光を用いた観察により,大きな声で話すと1秒間に何千もの飛沫が飛ぶことが明らかになった.換気の悪い室内では,口から出た飛沫を平均的な大きさで2つに分けると,4マイクロメーターの飛沫は10分で半減し,12から21マイクロメーター飛沫は6分で半減した.これらの結果により,普通の会話や発声によって生じた新型コロナウイルスの飛沫が室内の空気中に浮遊することが,感染の重要な経路であることが確かめられた.

(背景・目的・これまでの研究)

呼吸器のウイルスが咳やくしゃみで感染することは,以前から認識されているが,普通の会話でも飛沫が飛散することは,それほど認識されてこなかった.新型コロナウイルスについても,話すことで生じる30マイクロメーター以下の飛沫が感染にどのように関係するかは,あまり注目されてこなかった.

この論文の前にThe New England Journal of Medicineに私たちが発表した論文【上記の論文2】では,10から100マイクロメーターの飛沫が30秒以上空中に留まっていることがわかった.今回の研究では,空中に浮遊する飛沫についてさらに細かく研究した.話すことで生じた小さな飛沫は,急速に水分が蒸発して小さなサイズとなり,長く空中に浮遊する.そのため,感染者から生じた飛沫で周りの人をどの程度感染させるかは,飛沫がどの程度の時間,空中に漂い続けるかと関係がある.

飛沫が小さなサイズとなる速度は飛沫に含まれる電解質,糖,タンパク質,DNA,細胞の含量が多いと遅くなるので,それらの含量が多い喉や鼻の粘液は.小さくなるのが遅い.唾液は水分が99.5%と多いので,喉や鼻からの粘液に比べ,サイズが小さくなるのが速い.小さくなると落下スピードが下がり,例えば50マイクロメーターの飛沫は1秒間に6.8cm落下するのに対し,10マイクロメーターの飛沫は1秒間に0.35cmしか落下しない.

新型コロナウイルス感染者の唾液に含まれるウイルスのRNAのコピー数は,平均700万個(最大で20億個)と報告されているので,50マイクロメーターの飛沫には3個に1個ぐらいの割合でウイルスが含まれていることになる.10マイクロメーターの飛沫では,300個に1個のウイルスということになる.

(結果と考察)

飛沫の残存量の測定には,1辺が60cmの箱を用い,4cmの小型の冷却用ファンで箱の中の空気を均一化した.レーザー光による飛沫の測定は,iPhone11のビデオカメラで80分間行った.箱の中を清浄な空気で満たした後,箱の一部が開けられ,ある人が “stay healthy”というフレーズを25秒間,そこから言い続けた.得られた動画は1秒間に24枚の画像が含まれ,画像ごとに飛沫の数を計数した.

箱全体の飛沫の数を計算すると,話した直後に全部で66,000個の飛沫となり,これは1秒間話した間に2,600個の飛沫が発生したことを意味する.

飛沫を平均的な大きさで2つに分けると,大きい飛沫は半減時間6分で減衰し,小さい飛沫は半減時間10分で減衰した.小さい飛沫の方が,長く空中に漂っていた.

全飛沫の平均の半減時間は8分と計算できるが,平均の落下距離を箱の深さの半分の30cmとすると,飛沫の落下速度は0.06cmとなる.飛沫の大きさを落下速度から推定し,報告された唾液中のウイルスの濃度を用いて計算すると,“stay healthy”と言うことで,ウイルスを含む飛沫が1分あたり1,000個程度発生していたことになる.それが空気中に8分以上も漂うことにより同じ閉鎖空間にいる人に吸入されることが感染に繋がると考えられる.

感染者によっては,唾液中のウイルスの数が平均の100倍もあることが報告されているので,そのような感染者が話すと,1分間に10万個以上のウイルスを含む飛沫が放出されていることになる.

今回の研究は,普通に話をするだけで多くの飛沫が発生して数十分以上も室内に漂うことを示しており,閉鎖された空間でこれらの飛沫がウイルスを感染させる能力が著しく高いことを示している.